考察レポートの頁

1    大草一族は漢方医?

2004. 5. 27  「掲示板」への投稿    康弘氏  ←  めぐむ氏

投稿者:大草 康弘(大阪府在住)
  家紋の「丸に抱き角」千葉県に住んでいたとき、ルーツ探しを思い立ち、今は亡き親父と一緒に本家を探し当てました。親戚が北海道と栃木県にあり、ルーツは栃木県で、一族に漢方医があったとのことでした。 

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投稿者:大草めぐむ(神戸市在住)
  康弘さんの話では北海道と栃木県に親戚があり、ルーツは栃木県で漢方医をしていたとの言い伝えがあるそうな、私も大草氏の家紋としては初めて見る家紋です。大草氏でありながらの家紋の違いの謎?何でだろう?
康弘さんの家系も藤原支流の大草家ではないでしょうか、その理由はルーツが漢方医であること
  漢方は中国が元祖で、そこから伝来したといわれ、歴史が古いほど貴重な薬品は一部の特権階級しか手に入れられず、また漢方薬を伝来した中国からの渡来人に面会し、それを何とか自分たちの長寿のために国内生産させようと計画したのも時の権力者であったと思われる。
  平安時代の権力者は藤原氏であり、藤原支流の大草氏に偶然薬草の探索、薬の開発生産の命が下されてもおかしくはない。
  一方、家紋はその当時武家だけに許されたかどうか不明であるが、藤原支流であれば職業を問わず、当然家紋の使用は許された筈であり、同じ大草姓でありながら、武士と漢方医では職業が違い、家紋も分化したのではないかとの仮説である。
  更に現在の栃木県に漢方医が住み着きルーツと成ったのは、薬草を求め歩いてそこで薬草の群生地を見つけたのかも分からない?そういえば関連リンクに大草漢方薬というのがあり、現在でも漢方薬を生産して居られる大草さんが居られる様ですが、こちらの大草さんと康弘さんの先粗はどこかで繋がっているのかも?
  康弘さんの家紋の「丸に抱き角」の紋様の角は鹿の角を表象しているようですが、鹿の角とか牛の角など漢方薬の薬材ではなかったでしょうか?よって漢方医として、その中で一番かっこよい鹿の角を紋様としたのではないでしょうか?  大草漢方薬さんの家紋が判明すれば、その可能性大である。
  以上、Meguの大胆仮説ですが、大草氏の何か新たな発見のため、大いにご意見、ご批判を遠慮なくお聞かせ下さい。
 

 
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