言いたいことがある

 ◆ 気になる言葉遣い 

 テレビで流れるスポーツ選手のインタビューとテロップ。「ラ抜け」「サ入れ」のオンパレード。耳に残る違和感。「抜かす」「抜かされる」

 ◆ イラク派兵 
 政治にいくら憤っても、その声が届くということは想像しにくい。それが何度も何度も度重なると、諦観にも似た想いが徐々に浸みてくる。「これくらいはいいか」「ここまではいいか」と何度、目をそらしたことか。いつの間にか、そうすることによって憤りを薄れさせる術を実行している。そして、「いつか、どうしても絶対に譲れない時がきたら、その時は全力で立ち上がらねばならないだろう」と考えている。
 しかし、「その時」、本当に立ち上がることができるのだろうか。現に今、武装した自衛隊が海外にいる。戦闘状態は続いている。装甲車と迷彩服、これを軍隊ではないと誰が考えるだろうか。「これくらいはいいか」が永遠に続く予感がある。いや、いずれ後戻りできない事態が起こるという予測が成立している。それはほぼ間違いなく現実化するだろう。日本はここまで来ている。
 立たなければならないだろう。立ちたいと思っている。そして叫びたいと思っている。だが、この希薄な空気は何だろう。
 年老いてきた母は、テレビのニュースを見る度に憤っている。先の戦争で多くの身内が死んだ。夫は軍需工場の爆撃で負傷した。義兄はナガサキで被爆した。墓地には戦死者の墓が並んでいる。そうした経験はイデオロギーではない。テレビの中の、自衛隊をイラクに送り出した「その人」に向かって、「よその子をやるな、やるのなら自分の子どもを真っ先に出せ!」と憤っている。

 ◆ 総合の下請けになり下がった国語科
 国語科では「言語」と「思考」が土台にあるというのは、異論を唱える人はいないと思っていた。だが、今の国語科は違うらしい。発表会であり、取材であり、インターネットであるらしい。
 総合的な学習の時間・・・・というしろもの。わたしゃー、これが導入されようとしていた頃、次のような文章を書いてあちこちにばらまいた。

「総合的な学習」をめぐる情況についての疑問  2000年12月

 世はまさに「総合的な学習」論議の花盛りといった様相。ほとんど無視していますが、何らかの学習だけはしなくちゃならないでしょうね。でも、何かしらうさんくさいと感じてしまうのは、わたしの偏見でしょうかねぇ。例えば「総合的な学習」熱に冒されたある人からのメール。(無断転載(^^ゞ
総合的な学習を展開するに当たって、膨大な資料の中から、必要な内容を読み取ったり、自分の主張したいことを効果的にまとめたり、分かりやすく発表したり、国語で培われる力が要求されます。
先のメールにも書きましたが、去年度より、総合的な学習を進めていますが、総合的な学習が本来の目的を達するには、読解力、文章構成力、発表力など、国語で培われる力が、とても大切となっています。
うさんくさいと感じる理由・・・・。

1.

 「総合的な学習」が導入されるから、何かをやらなければならない。まずそこに、主体性の欠如を感じてしまいます。文部省の担当官や先進校とやらが出している柱や実践例は、すでに多くの学校で取り組まれている課題じゃないですか?

2.

 教室での大きな課題は、ついこないだまで、「学力保障」「どの子も分かる」「遅れた子をどうするか」という点ではなかったでしょうか。時間にゆとりが生まれるのなら大いにけっこう。でも、その時間を埋めるために「総合的な学習では何をするか」という論議になるのは、とても納得できません。

3.

 以前、大きな話題であったゆとりを憶えてますか。ゆとりとは名ばかりで、まるで新しい分野が登場したような扱いで、かえって現場の負担を増加させたことを憶えてますか? そして結果的に、今現場に何が残ってますか? その二の舞をやるつもりですか?

4.

 時間にいくらかでもゆとりが生まれるのなら、わたしはまず、これまで昼休みや放課後を使って取り組んできた活動を充実させることに使いたい。それから、学習面でも時間不足で置き去りにしてきた子どもたちをどう底上げするかを考える時間にしたい。

 てなことを、少々冷めてひねくれた目で見ているのですが。
 とは言え、クラスの学習活動でもそれらしきものがないでもない。2学期の活動を思い起こしてみると・・・・。

(中  略)

 かと言って、これらの学習は「総合的な学習」を意識してやっている訳ではありません。学習はもともと「生活を通して」するものだし、生活を通して初めて学力となるのです。教室や教科書から外への広がりは欠かせないことだと思っています。

 反応は、驚くほど鈍かった。あきれた。きっと、しっぺ返しが来ると確信した。基本を軽んじて発展や展開なんかあるわけがないと思った。それにしても、示されるままに踊っている「先生」の責任は? と、思ってしまう。