(携帯対応)  親友(博多に移住)ゆうゆうの記 参照日誌

 12月12日(火)
  とうとう雪が降った。郷は降りしきる雪を背に乗せたまま喜んで散歩を急ぐ。こちとらはマフラーを捜し出して、首に巻いてふりしきる雪を避けて前屈みに後に続く。
  今日のコースは川向こうのアザメの瀬だった。川筋を渡る風は特に冷たい。雪に驚いてイノシシが出て来ないように、時々大きな声で『郷ちゃん、郷ちゃんお散歩だよ~』と声を掛けながら朝の散歩を終えた→郷の散歩道

         

 12月 9日(土)
  昨日は、一ヶ月以上も久しぶりに町のスナックに出かけた。仲間の誕生祝いのパーティだった。焼酎のアイスプロックをお湯に替えて、三杯呑んで来た。また、久しぶりの呑み仲間とも出会った
  今日はゴルフの予定だ。郷の散歩を考えて早めに起きたら、連れ合いがすませてくれていた。こうしてみると、朝の厳しさも大したこともないように思えるようになった。やはり、年寄りは引っ込んではだめだなぁ♪♪

 12月 6日(水)
  水曜日はアトムを買いに行く日だった。それから部品を組み立てたのでは、郷との散歩に行けなくなってしまう。悠真に相談したところ、「幼稚園から帰ってくるまでに行っていいよ」という返事を貰った。
  毎週続いて今日は 33号で道半ばだ。70号で完成の予定だが、まだ両腕しかできていない。来年の秋まで続く作業だが、書店近くのコンビニに寄ることも我慢した悠真は、一日も早く組立作業をしたいんだろうネアトムを作ろう №2

 12月 5日(火)
  パンフレットで知った、畑の活用法で申し込んでいた電源開発の会社から現地調査に来てくれた。あの畑は三日に分けて草刈りに苦労するから、なんとか採用してくれないだろうか?
  狭いながらも、環境としては申し分ないと調査員の感想だった。最近の九電は買電価格も下がっていて、経営的には厳しいということだった。200ヶ所もの申し込みがあったそうだから、無理かな?

 12月 1日(水)
  皇室会議の結果、平成の時代は31年4月30日に終わることとなった。再来年とはまだまだ陛下にとってはご苦労なことだが、やっと決まってホっとされたことだろう…
  退位をにじませたご希望を聞いた時から、体調を気にしていたが、美智子様にとっても災害の連続と戦争の跡始末などご苦労なことだったろう!まだまだ、1年5ヶ月もある…まだまだご壮健で…

 11月30日(木)
  「大草一族の会」の静岡・牧之原集会のHomePageが一応、完成した。今回の幹事をしてくれた宮城県の俊夫君(当然なことに苗字は一緒だから名前だけで呼び合っている)がこまやかなコメントをつけてくれたので大いに助かった!
  いつもは、14、5人の参加があるのだけど今回は 7人の参加で淋しかっただろうな。俊夫君に確認の連絡をしたが、我が家のファンにはこっそり内覧の許しをしてあげよう→大草家の第七回・牧之原集会の模様

 11月28日(火)
  久しぶりにHomePageの編集にはまっている。「大草一族の会」の静岡・牧之原集会に初めて欠席したので、その写真が送られてきたから、時々は他の構成を確かめながら頑張っている。
  全国の大草家を調べ上げたのが平成15年だからもう14年目である。それから二年に一度の全国集会を開催してきた。今回は欠席したし、次回は唐津での全国のつどいだから、余計に力が入る。

 11月26日(日)
  今日は何年に一度かの法要をすませた。祖母イソヲ 33回忌、母ハルエ 25回忌、父 卓 7回忌を一緒にした。幸い、祖母と母がひとつの家から来ているので、集まった親族筋はまとまって気楽だ。
  連れ合いは、よく心を配って万事をこなしてくれた。こちらは、おコワを蒸しただけ。それにしても、諸系統の基である85歳の従兄は、躰もしっかりしていて、よく呑んだ♪♪ さすがに、新興団地1,000戸をまとめてきた実績か

 11月24日(金)
  夕方の散歩で驚いた。松浦川に沿った道で、もう少しで人家群に近づくというのに、60~70m先を悠然と横切るイノシシを見たのだ。川から山へ帰っていたのか、こんもりと盛り上がった背中が逞しい成獣だった!
  夕焼けの明るさがまだ残る17:30 さいわい郷が気づかなかったので騒ぎにはならなかったけど、あの瞬間、先方もこちらも気づいてもみあったら、曳き綱をどうするのか、自分を守るのをどうするか?今、思ってもゾーっとする

 11月23日(木)
  21~22日に静岡県で開催された「第七回大草家の全国大会」には初めて欠席したが、次期大会は唐津市でと決まったようだ。佐里の集落の中で15戸が住んでいるというのは珍しいことなのだ!
  唐津は観光地に恵まれているから喜ばれるだろうし、「佐里温泉」を会場にする手もあるが、二年後とは言え、さっそく佐里の大草家に宣伝して案内人を募集しなければ… 大草家の掲示板

 11月20日(月)
  今日は村の鎮守である青幡神社の新嘗祭(にいなめさい)に備えて老人会の宮掃除があった。朝八時からの早朝作業であったが、元気な人は草刈り機をかついて奮闘する姿もあって、頼もしく感じた
  会計としては、参加者への駄菓子を準備していた。全体としては50人を越えたが、下区としては86人中 33人の参加であった。「寄る年波には勝てず」で、参加者が徐々に減ってきている現象が心配なことである…

 11月18日(土)
  公民館長の研修で、県内の二ヶ所を見て回った。先ずはお隣の多久市ジドウセンター。ここは廃校になった小学校の跡で、自由に遊べる馬車や若いお母さん方の交流の場など多彩なプログラムを準備してあった
  次は、鹿島市の大販店の撤去後に開設された「かたらい」の場。風呂や囲碁クラブ、キッチンハウス、トレーニングルームなど、誰でも気軽に利用できる広場。いずこも、空きスペースを活かすべく工夫がしてあった…

 11月15日(水)
  歴代区長会の研修として、玄海原発構内と風力発電の現場を視察して来た。原発は福島地震以来、あらゆる対策がとられているが、見学者に対する警戒が厳密でかなりの人員が配置されていると感じた
  テロ対策として免許証も二度確認された…質問では燃料棒のリサイクルや最終処分の問題や北朝鮮からのミサイル問題など多くの質問が相次いだ

 11月13日(月)
  同窓会を機会に隣の従妹が帰省していたが、十日以上を忙しく友人達に会い続け、我が家にはたった一度だけの夕飯だった。
  東京での暮らしの模様をもっと聞きたかったが、二人の娘と一緒の暮らしだから心配することも無いが、あの連日のお出かけには、二つ下の年齢だが、その行動力には脱帽した。

 11月11日(土)
  今日は珍しく昼の会合。公民館長として市の青少年の意見発表を聴きに行った。小学生から中学校生まで、さすがに学校代表として立派な発表だった
  子供達の関心は、平和な社会と「いじめ」に集約されると思われる。それは大人も同じことで、できるだけ多くの人の意見を聞き、多くの人と行動を共にすることだ

 11月 7日(火)
  このところ書類づくりに追われたり、カラーコピーのためにセブン-11に通ったりと、日誌を書き込む余裕がない。ちゃんと頑張らなければ…ね
  夜は公民館長としてのお努めで会合に出た。保護司会主催の「薬物乱用防止の講習会」だった。久しぶりに世の中に出て、頭の中がキチンとなった。気分変換で大きな気分になれた…♪♪

 11月 3日(金)
  このところ頭の痛い大問題を抱えている。八年前の区長時代に、堤防用に採土した畑の持ち主が死亡して、東京に住んでいるその息子から苦情が出ている…
  古い書類を捜したり、農林事務所に出かけたりと大騒動だ。東京のことは頭に置いて慎重に対応したつもりだが、「土地の価格」がこうまで違うと仲々判って貰えないことも多い…

 11月 1日(水)
  とうとう11月になった。今日は町連老人会の運動会。町内のあちこちから元気な300人が集まった、佐里下は38人の参加だから大所帯だ。
  役員として朝早くから会場つくりに出かけたが、先輩達が色々と采配してくれる。町全体のことだから頭が下がる光景だ。我が方は、皆に弁当や茶菓子をお世話して、反省会まで手配した

 10月27日(金)
  四週に一片の藤崎病院の定期検査。この頃は血圧も安定している。ここでは、受診前に採血検査をしてくれるので、次の検診までの安心につながる
  このところ大きな行事も無く、日常生活もスムーズだ。「豊臣秀吉」も読破したし、書棚から司馬遼太郎の「国盗り物語」を引っ張り出して読んでいる…

 10月25日(水)
  この頃の悠真はよくパソコン工房にやって来る。通園前の20分前にアトムの作り方を勉強するのだ。パソコンを操作して、これまでの作業工程も悠真の方がよく覚えている
  今日は水曜日で本屋さんから本が入ったと電話があるはずだ。幼稚園から帰ってくると本屋さんまで連れて行って、郷との散歩までに組み立てなければならない。忙しい一日となる。→アトムを作ろう

 10月22日(日)
  突然の衆議院選挙が実施された。野党の離合解散が重なって、それが政権には有利になった。憲法改正が、目の前になったので、国民は一層緊張させられる
  唐津市では前代未聞のことが起きた。台風21号の影響で、離島の投票箱が届かず開票は翌日に持ち越された。大串さんの健闘で、地元の古川さんは比例区に回った

 10月19日(木)
  突然、久しぶりに博多の従兄がやって来た。80歳を過ぎたので「就活活動」をしていると言うので耳を疑った。なんのことはない「終活活動」の意味だった
  身の周りのことや財産の始末から、来年は免許も返上するそうだ。会話の中で、『それにしても、北九州は恵まれているよね』とお互いが元気なことを感謝し合った

 10月17日(火)
  「佐里新聞」を一気に編集した。併せてB4版に160枚印刷した。プリンターのインクを二度も変えなければならなかった…今号は、敬老祝賀会と先日の区民運動会の特集♪♪
  特にお年寄りは、いつ記念の一枚になりかねないので、はっきり表情が見えるようにした。毎号、遠くの親戚が見られるようにインターネットに掲載している  佐里新聞 第25号

宛先確認の文字を削除してメール送信

@nkou Diary として保存

Top Pageへ戻る