(携帯対応)  親友(博多に移住)ゆうゆうの記 参照日誌

 10月17日(火)
  「佐里新聞」を一気に編集した。併せてB4版に160枚印刷した。プリンターのインクを二度も変えなければならなかった…今号は、敬老祝賀会と先日の区民運動会の特集♪♪
  特にお年寄りは、いつ記念の一枚になりかねないので、はっきり表情が見えるようにした。毎号、遠くの親戚が見られるようにインターネットに掲載している  佐里新聞 第25号

         

 10月14日(土)
  6日の歴代区長会の協議の結果、みんなで現地を見分しょうということで、13人が八年間のジャングルみたいになっている所を踏み分けて奮闘した
  竹や小枝は覚悟の上だったが、背の丈ほどに伸びた蔦の山には苦労した。これを見て、東京の地権者はどう判断するだろうか。畑として買ってあげたらという声にも反応がない…

 10月11日(水)
  運動会が済んだので、公民館主事から盆踊りと区民運動会の写真集を頼まれた。たぶん、補助事業の実績報告書に使うつもりだろう
  沢山撮っているので、良い写真を捜した。今年は、幼児や小学生の参加が多く、活躍も目立ったので、それらの写真を使うことにした→公民館の活動報告のページ

 10月 8日(日)
  今日は公民館最大のイベント区民運動会。08:00実施態度決定。9:00会場準備、12:50入場行進、13:00館長挨拶…和やかに区民の交流が広がった…15:20怪我も無く無事終了
  途中では老人会にお菓子が無いという注文で買い物に行ったりしたが、16:00からは分団での慰労会。非常に忙しい一日だったが、区民の皆さんも喜んでくれた一日だった♪♪

 10月 6日(金)
  歴代区長会が開催された。八年前の区長時代に取り扱った堤防用の山土を提供してくれた人からの苦情問題だった
  地主の息子さんは東京にいて、わざわざ帰郷してくれて、母子ともに快諾してくれて、懐かしさに快飲したものだった。その後、現地の草刈り問題が起きて、引き継がなかったことが悔やまれる

 10月 3日(火)
  朝晩の愛犬「郷」との散歩も随分楽になった。散歩の行先は犬の気分に任せているが、村内を一周するコースは八っつに分かれており、二年ほど前から記録につけている
  距離で 3Km程で約40分、歩数計では一日に7,000歩。ゴルフが少なくなった現況では唯一の健康目的の日課である。その成果を二ヶ月ぶりに更新した…『郷の散歩』

 10月 1日(日)
  干支の10 番目は「酉」で、 元来壷の形を表す象形文字で、酒を意味しており、10月は「日本酒の日」と定められているそうだ。…ということで、行きつけのスナックからお声が掛かった
  20人程の常連が集っていた。ところで当方は三日ほど前から軽い「痛風」が出ており、それを気にしながらの焼酎では、場の盛り上がりにも乗れず早々に退散した

 9月29日(水)
  東京に住んでいる元地権者から工事後の現況について苦情があっていると、村の役員会に呼び出しを受けた。元区長として、8年前のやりとり経過は非常に難しい…
  記録をもとに精査したが、こちらも事後の草刈り管理などが十分でなかった反省点もあった。歴代区長会で検討の上、自分が交渉役として対応することになった。都会に住む人に田舎の実情を理解してもらうのは難点だ

 9月27日(水)
  水曜日になると、悠真がATOMを買いに行くことを楽しみにしている。今号は前に作った上腕部のチェック確認だった。ところが、作業中にあわてて部品を壊してしまった…
  再組み立てができなくなった。色々悩んだ末に、その備品を買い換えればいいことに気づいた。書店に電話してみると、なんとか探し出してくれた。このことは、悠真には内緒にしなければならない…

 9月23日(土)
  鎮守の青幡神社は年間で五回の例祭をもつが、今日は秋祭だった。直会では本殿に車座になってお神酒を頂くのだが、今回は活発な議論が出て、続きは公民館の仕事となった
  村の行事への若い人の参加が少ない、佐里の将来が心配だ。…というのだが、全役職のほか、若い人の意見をどう求めるのかが課題となろう。「明日の佐里をつくる会」をどうするのかが宿題だ

 9月21日(木)
  敬老会の経費清算も終わった。すべて予算内でうまくいったと思う。ただ、来賓から受領した寸志の封筒を開けた時に驚いた。会員名で受け取った寸志が高額過ぎた
  うすうす事情は知っていたが、あまりに多額だったので本人に確かめた。「近々、娘の家に引越しするので、会の方で適当にお使い下さい」ということだった。こういう事情でまた老人会員が減っていく…

 9月18日(月)
  敬老祝賀会を開催した。前夜までの台風騒動が夢みたいに解消し、元気な60人が笑顔を揃えた。ギターアンサンブルやカラオケも登場して賑やかに過ごし、来年も元気な姿で参加しようと誓い合った。
  老人会としての買い物など大変だったが、とにかく無事に終わって良かった!  合間には佐里上区へ公民館長としての祝辞を述べたり、記念写真を撮ったりで大車輪の活躍だった…笑顔で記念写真

 9月15日(金)
  今日は昔の「老人の日」。老人会として、介護福祉施設に入院している会員を見舞いに廻った。6人の方々は、それぞれ元気に集団生活を楽しまれているようだった。
  94歳の男性は顔色も良く元気そのものだったが、ちょっと記憶が薄れていられるようだったし、89才のおばぁちゃんは「畑の草むしりができんとが悲しかぁ」としっかり手を握ってくださった

 9月12日(火)
  この頃、悠真が一日に一回はパソコン工房を訪ねることになった。「バソコンいい?」と尋ねるから、アトムの頁を見せてあげると、いろんな質問が相次いで続く
  アトムの作り方の動画をくりかえし見ている。水曜日に新しい部品が唐津の本屋に届くから、「明日は一緒に本屋に行こうね」と言うと安心して帰ってくれる

 9月 9日(土)
  昼には流しソーメンが食べたいと言うので、川の傍から切って来た竹を組み合わせて組み立てた。孫達は「うまい、うまい」を連発して食べた
  夕方はハーベキューだとの注文で、火起こしに苦労した。どうも悠真の発想みたいだが、パパが居る今日はみんなで食事したいという願いがこもっているのだろうと思って、爺ちゃんは頑張った♪

 9月 8日(金)
  信長が本能寺の変で身罷った。10巻の単行本が3巻に纏められた中型本だった。気分が出た時に開いて10日間かかった。考えてみると、この後の「豊臣秀吉」は読んでいない気がする
  「徳川家康」は長編で、1950年から北海道新聞その他で17年間連載したもので、このシリーズはどこかにある筈だ、織田信長のあとで慌てて揃えた気がする。今の読後感のままでAmazonに秀吉を注文してみよう

 9月 6日(水)
  夏休みが終わり、悠真も保育園に通うようになった。「水曜日はアトムを買いに行こうね」と言われて、退園を待たねばならなくなった
  前々号からアトムの組み立てに手を出すようになった。HomePageの作り方動画を繰り返し見ている。一日に一回はパソコン工房に来るし、じいちゃんの存在は増したが、アトムを取られないかが心配だ→アトムを作ろう

 9月 3日(日)
  7/16以来の二ヶ月の佐里ゴルフ会。それでも腕前は相変わらず…酷暑の夏で控えたが、ゴルフも月に一回程度で良さそう。一時の熱中ぶりが嘘みたいに消えた…
  勿論、限界が見えたし一打落としても命は取られない。今回は珍しく優勝者当ての馬券の当選者が出て、二次会はご招待となって、久しぶりに酔い過ぎた…!

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